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THE NAME: RIP CURL

1967年後半、“ファンタスティック プラスチック マシーンズ”(ボブ・マクタビッシュによりオーストラリア、シドニーで設立された”KEYO”工場)はオーストラリア国内で最も熱いサーフボード販売会社でした。その年の初めにマクタビッシュと仲良くしていたクロウは、彼自身用のプラスチックボードを管理しており、ビクトリアンエージェンシーもニューボードの為にすでに獲得していました。

「私達はボブ・マクタビッシュ”KEYO”プラスチックボードを多くは購入できませんでした。」とクロウは振り返ります。「オーストラリア中サーファー達、そしてすぐに世界中のサーファー達がボブ・マクタビッシュ”KEYO”のボードを欲しがりました。サーフィン史では一番の憧れのサーフボードデザインでした。ビクトリアの人達は、発注はしたものの商品は入荷しない、私達は3~4ヶ月もボードが届くのを待ちました。お客さんはその事に苛立ち、私達は代わりの方法をとりました。私達の選択の余地は、他の誰かのブランドを販売することでしたが、それはデニー・キーヨーに対して失礼と思い、ブライアンはブルックデールまで行き、シェーン・ステッドマンにサーフボードを供給してもらえるよう交渉しました。

彼らの所にはたくさんのボードがストックされており、必要なのはそれらに名前を付けるだけでした。

クロウが最初のファンタスティック・プラスティック・マシーンの出荷を始めた時、それらは未塗装でロゴ無しでした。彼はマクタビッシュのボードにはサイケデリックな字体で“Hot Kid Rip Board” と表記してあるのを思い出し、自分たちのボードには”Rip Curl Hot Dog”と代わりに表記すればクールだと考えました。数々の話し合いの後、クロウ、ブライアン、地元トーキーのサーファー達とアーティスト、サイモン・ボタンショーの全員一致で“Hot Dog”はアメリカンすぎるし少し時代遅れという事になりました。そして、”Rip Curl”の部分だけを残し、現在に至りました。

「その当時“Rip Curl”という名前はとても斬新でした。人々のショートボードでのサーフィンの楽しみ方は変わり始めていました。」とクロウは言います。「オーストラリアではよりエッジでサーフィンし始め、カールの近くでのパワーターンを、ポケットでやり始めていました。その技は、その頃のハードコアオージーから”リッピング“の呼び名でした。当時、私たちはその言葉を主張しませんでしたが、それがビジネスをやっていく上で流行る名前であることを感じていました。」

その名前に賛成し、サイモンはオリジナルロゴを描きました(長方形の中にヒッピースタイルの字体でハスの花をフィーチャーした)。このアートワークはシドニーに送られました。それと共にリップカールサーフボードは市販され、リップカールの名前は生まれました。

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